森羅万象の旅日記 




善光寺の暗闇物語


信州には何十回も来ているのに、不思議と長野市は初めてです。せっかくだ
から月並みではあるが善光寺に行こうという事になった。善光寺詣での特徴
は"お錠前"らしい。

本堂のご本尊下の真っ暗な通路をたどり、"極楽のお錠前"に触れると極楽
往生が約束されるというものである。入ってみたら暗いの何の、全く何も見え
ない、それに大変人も混んでいる。

通路の片側の壁に触りながら一列になって進んでいくのだが、一寸先も見え
ないのでつい前の人にぶつかってしまう。私も二度ほどぶつかってしまい、
二度ヒステリックに文句を言われた。声の感じからすると中年女性のようだ。

私だって後ろから押されているんだ、コノヤロー、真っ暗なのをいいことに、
思いっきり後ろから蹴とばしてやろうと思ったが、ご本尊の真下でそんなこと
をしては、いくらお錠前に触れても極楽浄土には行けそうも無いので思いとど
まった。

調子のいい沙らら先生はもう通り過ぎてしまったようだ。私の場合はまったく
お錠前に触る事ができない。そのうち後ろの方で、あった、とかいう声が聞こ
えるようになってしまった。

これはどうやら通り過ぎてしまったようだ。これは大変だ、これでは極楽浄土
に行けなくなってしまう。さっきあんな不埒(ふらち)な考えを持ったのがいけ
なかったのか。

ここは通路だ、とすると反対側の壁もあるはずだ。手探りで反対側の壁を探
して入り口の方に戻り始めると、そのころにはすこーし目が慣れてきた。
見える見える、入り口からの逆光で黒いシルエットとなった一団が、おそるお
そる向こう側の壁に沿ってこちらに向かって来るのが。

その中に混じってもう一度チャレンジを試みる。がっ、またしても触れずに通り
過ぎてしまった。な、なんということだ、俺は永遠に極楽浄土に行けないのか。
その時、ふっと先ほどの事が思い出された。

本尊の前で手を合わせる時、いつものくせで"印"を結んで、?吃哩吃哩吽發
吁娑?呵(オンキリキリウンハッタソハカ)と念じてしまった。
これは陰陽師(おんみようじ)の秘呪(ひしゅ)なのである。

道教(どうきょう)の秘呪など唱えるものだから、仏教のご本尊様がへそを曲
げてしまったのかもしれない。ええいっ、こうなったら懐中電灯をつけてでも触
ってやるぞ、もう一度引き返し、今度は壁に触る手の位置を少し低くしてみた。

昔の人はもっと背が低かったと思ったからである。あったあった、暗くてよく分
からないが、色々の人の手で垢だらけであろう、ありがたいお錠前をしっかり
握り締めた。思ったより小さいお錠前ではあった。

私が思うに、色々な事を肯定的に考えるべきだと思う。だめだったら良くなる
まで何度でもやる事である。悪い事の後には必ずよい事が訪れる、力を蓄え
てそれをじっと待てるかどうかが、その人の運命を決定づける。

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